遺言イメージ

自分の人生の幕引きを決めるための遺言状

人は必ず生まれ死ぬその間の時間が人生です。
誰にでもいつか終わりが来るのです。
その終わりの日を少しでも自分らしく、思い通りに出来るようにしたいです。
まだまだと思っている方も多いと思いますが、突然の不幸の出来事など誰にもわからず突然訪れるのです。
そこで社会人になってから遺言状をかくように勧められた事がありましたが、その時はなんでこんな若いのにと思っていたのです。
しかし今子供を持ちまだ子育て真っ最中の三十代ですが、ふと遺言状の事を考えました。
もし今私にもしものことがあったら、残された家族はどうなるのだろうか、私の命と引き換えにしても良いほど愛している子供たちを残してこの世をさることなど絶対に考えたくないほどありえないと思っているけれど、絶対なんてこの世には存在しないのです。
だからこそ元気な内に、健康だからこそ考えるべき遺言状があると考えたのです。
例えば今私が家計費を握っていますが、どこに通帳があり暗証番号が南蛮である、なんてことすら私以外だれも知らないのです。
これでは万が一病気でも困るような出来事です。
家事全般も全て私なので、衣替えの服などもかなりひっくり返して困ることだなと考えたときに、私の終わり方というよりは残された者たちが困らないように準備を整えて行くことが大切だなと考えたのです。
遺言状と言えば自分の持っている財産の行方を書いたりとか、どんな葬儀やどんな風にしたいのか書かれている場合が多くそのことばかり思っていたので、まだ早いと思っていたのです。
もちろん自分の終わりくらい自分の思い描く通りにして欲しいし、周りの者が悩み困らないように記載しました。
財産と呼べるものは一切ないので、私の持っているものは全て配偶者や子供たちが受け継ぐでしょうから、いらないもののみ全て処分して欲しい旨を記載したのです。
問題は残された者たちです。
私が引き受けていた全ての事柄について困らないように記載することは、同時にシンプルな暮らしを心がける事へもつながっていくのです。
たくさんのモノを持つということは、自分はどれだけ大切なものであったとしても他人にとっては全く必要でないものというのが往々にして存在するのです。
そのためにも出来るだけシンプルな暮らしをすることが大切だなと思いました。
そして愛する者たちへ自分の思いを書いた手紙を残すことも大切です。
私は毎年一回手紙を開封し無事健康で生きられた事、当たり前のことに感謝して再度書き直します。
やはり一年経つと子供たちは特に書きたい思いが変わってきます。
しかし最後には感謝という一言につきます。
この世で幸せに生きられることは、感謝以外の何ものでもないなと改めて実感するのです。
こうして振り返る時間を持つことは自分の人生を見つめ直す事へともつながっているのです。
だからこそまだまだ五十年は生きる予定ですが、年に一回くらい自分の人生を見つめ直し最後を考えること、日々の生活もシンプルな暮らしをすることが大切なんだと遺言状を通じて考えることとなったのです。
最後の時を思い毎日を日々是好日だと思い過ごすことこそ、豊かな人生を送ることにもつながっているのだと思うのです。

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